京都朝鮮学校いやがらせ事件第二回口頭弁論を終えて

前回まで裁判風景と項目だけだが朝鮮学校側原告弁護団の圧倒的で学校側主張を十二分に組んだと思われる準備書面を紹介してきた。この準備書面は是非に本にしていただければ有難い。ヘイトクライムに対し鈍重である今の司法に対し突破口を切り開く貴重というか恐らく法的に歴史的な資料となると思われるからだ。
私が個人的に感じたのは、特に第一準備書面で何故民族教育権が保障され必要であるのかを、帝国時代における植民地支配からの流れを法的な立場から堂々と論じている点である。これは歴史認識に直結する問題で、すなわち帝国政策の植民地支配により在日コリアンが生み出された過程からの論になる。在日コリアンの民族教育問題を語る時に確かに避けては通れない話ではあるが、それを法的な観点からこのように論陣を張るのは拙い筆者が知らないだけかもしれないが記憶にない。
さらに民族教育権と言うものが保障されたもので国際法を駆使して論理立て、マイノリティの権利確立を目指すものとなる。これは画期的ではないかな。
さらにその上で、この朝鮮学校いやがらせ事件が通常の業務妨害ではなく、まさしくヘイトクライムである事の判断を司法に問うている。いや、その視野はヘイトクライムに無理解なこの社会に挑んでいるといって過言ではないと思う。
これは裁判終了後に、そのうち裁判記録として本になるかもしれないが、その前にこの準備書面を何らかの媒介を通して世に問うのを希望する。私は正直項目だけで鳥肌がたった。



さて、そんな朝鮮学校弁護団の渾身の準備書面に対して、在特会側は何をしているのだろう。つい最近まで弁護士選任さえ出来ていなくて準備書面も何もへったくれもない状態だ。次回といっても来年2月に用意するそうだが、今年6月に訴訟を起こされたこの5ヶ月間いったい何をしていたのだろう。裁判はもう2回目だが裁判官の心証をもう少し考えたほうがいいのではないだろうか。それでなくても事件化され刑事事件による刑罰が下る事は必定で、犯罪そのものの事実関係に争うべき点はほとんどないと思われる。そのため賠償金を支払うはめになるのはほぼ間違いないだろうに。
正直、不謹慎だがこの裁判に臨む朝鮮学校側と在特会側の陣形、実力の次元があまりにも違いすぎて彼らに何ができるのだろうと考えてしまう。
そう言えばツイッター在特会の副会長が「信じてまて」と誰に言っているのかわからないものを書きこんでいたが、何か大いなる秘策でもあるのだろうか。あるなら是非法廷でご開陳願いたいものだ。
大体、被告とされた在特会・主権回復の人々は、この裁判を主権回復の西村修平氏が関わってきた何時もの民事訴訟と同じと考えているのだろうか?そう考えていたなら大きな間違いであると言いたい。
確かに今回提訴された3000万という被害金額は大変高額で、額面どおり通れば彼らの組織活動に多大な支障をもたらすだろう。だから賠償金を少しでもへらせればいいという法廷戦術くらいに思っているのではないだろうか。

しかし、この裁判のもつ意味と重要性はそこではない。賠償金額はあくまで司法判断が反映される結果であって、最も重要な点はヘイトクライムに対する値付けが判例として残る事である。その重大な意義を見過ごしてはならない。
これは在特会・主権回復の今後の活動は言うに及ばず、ネットにおいても、社会活動においても、もっと言えば裁判終了後からこの社会に見られるヘイトクライムが起こすその対価として差別者が支払っていかねばならない賠償金が派生するという事だ。
これがどのような意味をもつかを想像ができるなら、被告らは裁判所にこないとか、弁護士にまかせっぱなしにせず全力で裁判にあたるべきだろう。これは被告らの行ってきた排外主義的活動の根本にかかわり、今後その活動に対しての対価を求められる事になるのだから。
それがいやなら裁判において堂々と自らの主張の論陣をはればいい。
おあつらえ向きに朝鮮学校側は植民地支配からの流れを持ち出している。これは「朝鮮史研究家」としての肩書を公言する在特会会長桜井誠(通称)氏のまさに出番だろう。準備書面に出された歴史認識こそ、桜井誠(通称)氏が叩き潰すべきだと考える歴史認識ではないか。彼が語るとこによると植民地支配などなく併合があっただけであり、創氏改名も望まれて行われたそうだ。その項目が朝鮮学校側の準備書面にあるではないか。さらに戦後混乱期の説明があるのだから、在特会が広報していた「朝鮮進駐軍」なるものの存在も明らかにすればいいのではないかな。まだある。「スパイ養成機関」である朝鮮学校でいかに「反日教育」がなされているかも訴えればいいし、日頃から唱える「不逞朝鮮人は半島へ帰れ」というスローガンの正しさを立証してもらえればと思う。そして何よりも学校側は民族教育権を訴えているのだからこれは「在日特権」の存在を明かし証明してほしいな。
しかし、少し思いついただけで「争点」がぼろぼろでる。
考えて見れば相手は標的にしていた「不逞鮮人」と「反日左翼」だ。これは待ってましたとばかりに裁判所に駆けつけるのが当たり前ではないか。被告らの今までの言動からして。是が非でも被告らは自らの主張の正しさを法廷で訴えてほしい。しかし舞台がいい。法廷ではマスコミが毎回きていて、この裁判の結審時には間違いなくニュースになると思われる。世論へのアピールになる事うけあいだ。たまらないのは衆人環視の中で互いの論陣を戦わせられるし、その判定を司法が行ってくれるという事だ。言いかえれば権力がお墨付きまでしてくれるわけだ。もうこれは日頃から公開討論を望んでいるとする在特会・主権回復の人々にとって願ったりかなったりの環境ではないか。やったね。被告になった人々というか、在特会・主権回復の組織をあげ喜び勇んで裁判に参加しなければ嘘だろ。



しかしだ、それでも在特会・主権回復の人々が、この裁判に対して知らない顔をするのは、それはそれで結構だが、活動を続ければ続けるほど多大な金銭と時間・労力という負担が今よりもさらに重くなっていくはめになるのでご注意をと言っておく。