朝鮮学校嫌がらせ裁判 判決 傍聴記


10月7日判決。ついにこの日がやってまいりました。思い起こせば2010年9月に第一回口頭弁論がはじまり、あの時は、本当によくわからない状態でして、ただ、ネットで朝鮮学校襲撃の動画を見て、こいつらは何者だ?何故このような惨い事ができる?と疑問だらけでした。それは、それ以前、蕨市における許し難いデモから、所謂行動界隈というものとそれを支持するネット論調を読むにつれ絶望していた矢先の出来事でした。
当時の筆者の心境は、その絶望の中でも、ともかく連中を直接この目で見なければいけない焦燥感にかられたものでした。そして被害者である今の朝鮮学校とその父母らに出会います。
あれから丸3年。筆者にとって長い3年であり、あっという間の3年でした。筆者にとってそうなのだから、被害者である朝鮮学校、そしてその父母らにとっては当然それ以上の3年です。






判決の前日までそうでもなかったが、当日、朝、目が覚め何気なしにツイッターを見たら、原告弁護団の一人が「神さま・・」と呟いている。それ見ていきなりドキドキしはじめた。なんですか、あれですか、ドキドキするのは伝染病ですか。もらいドキドキというのがあるのですか?
そういうヒートアップした状態で京都裁判所へ抽選の30分前に着く。で、予想はしていたが、もう100人くらい列に並んでいる。
駄目です。本日の競争率は優に難問国公立大学の入試なみですよ。マスコミもいっぱい。そんな競争率ながら、玉砕覚悟で取材に訪れるフリージャーナリストの姿もいっぱい。ご苦労様です。
ともかく、何時もの口頭弁論と違います。緊張感が満ちていて、なんか知っている人と話をしなければ場がもちません。で、碌な用もないのにあちこちと。
そして、抽選発表。見事外れる。
そらそうだ。難問国公立大学だからなーと諦めるわけないだろが。
世界の読者が筆者をまっているのだ。(注;当ブログは裁判がある前後だけ異様にアクセス数が多いという読者の目的もはっきりしているブログです。ちなみに本当に世界からで、ブログ主は本気でびびってます)
すぐに当たった人のとこにすり寄り、傍聴券の強奪を試みる。すると、碌でもない事しか書いてない裁判に特化したようなブログ主とご存じで、快く頂けた。やった、ブログやっていてよかったー。ありがとうございました。ご恩は傍聴記に反映させていただきます。って、これなんですが・・。




法廷に入り込むと、席がすぐにうまっていく。今回の傍聴席は記者席を多めにとっていて、実質70名ちょいくらいの席で、被告側は2名ほど。その他は学校支援者と思われる。
10名ほどの原告弁護団も緊張しているようで、こちらはさらにドキドキしてきた。
そして、毎度のごとく、被告側は時間ぎりぎりに入場してきたが、いつもの徳永弁護士、八木氏の他に被告である川東氏がいた。
この、川東氏、席に座るや、傍聴席を見わたし、ニヤニヤしていたのだが、すいません、正直、気色悪かったです。こっち見んなと心の中で10回はつぶやいてました。


そして、裁判官らが入場。傍聴人らが起立し席に着く。時間は11時少しだけまわる。
裁判長より、いきなり主文読み上げ。耳を研ぎ澄ます。
この時、最初にうんたらかんたら544万という数字が聞かれ、よくわからずに、そんなもんかい!と一瞬思ったが、その後に、341万、330万という数字が続いて気がついた。
あ、そうか、3回の街宣、デモに対してそれぞれの金額なのだな。
合算で幾らなのだ?1200万以上だ。そして筆者はそこに、ブレノ氏と美玖氏が入っている事に注目した。
そんな思考を巡らせている間も、裁判長より主文の言い渡しが続いている。
移転した新校舎での街宣も差止されたのを確認。
ここまでは、まあ、満足はできる。
で、問題はその根拠だ。判決文では何をもってのその1200万以上であり、街宣差止なのだ?何が認められたのだ?
それに意識を集中しはじめた時に、裁判長は主文を読み上げ、あっさりと退場した。
そして、また、裁判長が主文を読み上げるその間、筆者は、八木氏、川東氏の顔を見ていたが、見る見ると表情が険しくなっていた。主文読み上げ前までにあったニヤニヤ顔は既になかった。


裁判官退場後、筆者は急いで、裁判の判決文の内容を求めて走り出した。
これで裁判は終わった。長かった3年は一つのくぎりとなり結果も出たはずなのだが、そんな感慨よりも、判決文を読むまではわからないだらけでモヤモヤしていた。



さて、その判決文であるが、当ブログ上で公表したとおりである。それ以外では、判決文資料として、被告らの各街宣デモでの発言と主張、そして原告の被害として「本件示威活動対応のため本件学校の教職員が費やした述べ時間数の集計表」が付け足されている。
つまり、それが判決の中で何が認められ、何が認められなかったというものだが、それらの説明も判決文の理由に記されている事を述べておく。


まず、この朝鮮学校嫌がらせ裁判の判決は、既に各新聞、各論調によって様々に評価はされている。
その評価の中で、特に画期的とされるのが、「人種差別撤廃条約」に沿って賠償額(責任性)の荷重が成されている点である。今までの人種差別撤廃条約に即した思われる事件として静岡と小樽の事件があるが、今回の判決ほどに具体的な記述がされた判決はなかった。その意味で、人種差別撤廃条約に言及し、国内法との整合性にまで踏み込んだ画期的と言える判決である事は間違いない。

静岡「「外国人入店拒否」訴訟 判決
http://www.jca.apc.org/jhrf21/nl/NL11E.html
小樽「温泉入浴拒否」訴訟 判決
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=6&ved=0CE4QFjAF&url=http%3A%2F%2Fwww.courts.go.jp%2Fhanrei%2Fpdf%2F4384F726CF8D382149256C94001BE8D0.pdf&ei=bIVXUpTyOYOklQXK9oG4DQ&usg=AFQjCNEj0l9RDOVEtn8PKsLi9mMfJWbf4A&sig2=OHNzm2FnMky1J6IGRZGWsw&bvm=bv.53899372,d.dGI

さらに言えば、この判決文は「第3 人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」で、「わが国の裁判所は、人種差別撤廃条約上、法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負うものとうべきである」とはっきりと人種差別撤廃条約をもちいて「日本国内の人種差別」に救済の道を開けと述べ、それを賠償の加重の根拠としている。つまり、従来、日本の司法は有形損害に比して無形損害(心の傷など)は恐ろしく冷淡な側面があったのだが、この人種差別撤廃条約を根拠に、差別による目に見えない無形損害の評価を著しく底上げする正当性としている。
ただし、この差別による無形損害の評価は、先にあげた静岡、小樽の例だけではなく、今回の被告となっている川東氏が引き起こした「水平社博物館差別街宣」判決のように、差別と認定されれば150万というように、既にその流れは始まっているし、今回は集団で起こした点で賠償額が大きくなったという側面も考えられる。
一方、この判決は無条件で人種差別撤廃条約を持ち込むのではなく、民法709条との兼ね合いも述べ、その制限をもうけている。これは、高裁、最高裁へと続く道のり、或いは類する訴訟に対して、この判決の正当性を確たるものとする工夫と想像する。


次に、この判決を読めばわかるが、被告側の主張を何一つ認めていない。そこに「50年に渡る公園の不法占拠」なるものや、「日本国民が公園を使えない」「戦後焼き野原から奪った土地」「スパイ養成機関」「スパイの子供」「こいつら密入国者の子孫」などなど、被告らが3回にわたり起こした街宣・デモでの主張は、全て出鱈目として朝鮮学校への誹謗中傷として認定され、1200万以上に及ぶ賠償金の糧とされた。これは当然のことだが、判決で認められた意義は大きい。
つまり、今後これらヘイトスピーチによって、原告を誹謗中傷するものは、全て訴訟対象となる可能性が極めて高い。今後、被告らに追随し同じ脈絡で原告を誹謗するならば、それでポンと100万以上という巨額の賠償金になると誹謗者らは肝に銘じたほうがいい。
実際、裁判記録を見ると、被告らからの提出資料は山のようにあった。その中には拉致問題に関する政府機関の資料とか警察記録もたくさんあった。しかし、それらはことごとく、この裁判の本筋からは外れたものと判断された。何故なら、被告らは、何ら正当な手続きを踏まず、手前勝手な屁理屈で学校を襲い、その出鱈目な誹謗中傷をもって原告への被害をもたらしたからだ。これが理解できず、被告らに追従しヘイトスピーチを繰り返すものは、その報いを何時かうける事になると覚えといたほうがいい。


また、この判決の有意義な点は、在特会の当事者能力を認めた事である。これは組織性を認め、例え、被告である自称桜井誠氏がその場にいなくとも、全国各地の在特会の名をもつ各支部に何か問題が生じれば、その責任は被告である自称桜井誠氏に及ぶ事を意味する。
それが嫌なら、さっさと会長を辞めるか在特会を解散したらいい。ただし、本件事件に関してはその責任を果たすまで原告弁護団は黙っていないだろう。


そして、この判決の他の有意義な点は、「中立のカメラマン」というブレノ氏と「単なるコーラー」とする美玖氏の賠償責任を認定した事である。
ブレノ氏の場合、京都・徳島の襲撃事件刑事裁判において、その「中立のカメラマン」という検察から面倒くさいと思われたその地位であるが、今回の判決において、他の被告らと同様、「お仲間」認定を受けた。今回はその「お仲間」から同志愛に満ち溢れた重要証言もあったが、彼の手前勝手な陳述、証言もさる事ながら、彼の「実績」を考えれば、この「お仲間」認定も当然と言える。今後、ヘイトスピーチを起こす集団で、自分は「ただのカメラマン」をしているだけと思っている人は、その考えを改めたほうがいい。しかもその映像をネットで拡散するとしたならば、その責任は大きくのしかかってくる事を知ったほうがいい。
続いて、美玖氏についても、その証言と「実績」から「お仲間」認定と思われるが、彼女を認定したのは大きい。今後、ヘイトスピーチを起こす集団によるデモで、気軽にコーラーを引き受ける人がいるなら、これも、同じく、その人は大きな責任を負う事を忘れてはならないだろう。


さらに、この判決について、筆者は述べなければいけない事がある。
それは、この判決には「民族教育の保障」という原告の主張がスルーされていた事だ。この「民族教育の保障」は、原告が第一準備書面で記され裁判に提出したように、原告にとって、この「民族教育の保障」というのは切実な願いであり、この事件に対する原告の原点である。

例えば、今回の裁判に対する神奈川新聞のこの記事を読んでほしい。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1310100004/

いま現在、日本政府を上げて、朝鮮民主主義人民共和国に対する敵対的行動の一つとして朝鮮学校を標的にした「差別行為」を行っている。
理由は「朝鮮学校は総連傘下であり、「北朝鮮」と繋がっているから」である。この理屈は、今回の裁判で出てきた在特会を始めたとした被告らの主張と同じである。政府がやっている事と在特会の唱えるものの差異を何処に求める事ができるだろうか。
だからこそ、朝鮮学校は、そして学校に子供を通わせる父母は訴えるのである。この学校で学ぶことを保障してくれと。これは、民族学校生存権を賭けた問いかけである。
この事件の原告の訴えは、表面的に表れた判りやすい在特会などの「悪漢」のみならず、その在特会を支える「空気」、または、在特会などの唱えるものと何ら変わりないヘイトを容認する「社会」に対する問いかけである。
はっきりという。筆者は過去より、共和国の体制を批判してきた。例えそれが、朝鮮民族として原則性をもつ国家としても、その独裁制を批判してきた人である。
しかし、それでもだ。「朝鮮戦争は韓国と国連軍が侵略してきた」という教科書を使っていたら、民族教育は全否定されるものなのかを問いかけたい。それだけで朝鮮学校は認められないものなのか。そんなわけはない。
一つのものを取り上げて、それで全否定する思考は、それは在特会と何も変わらない。朝鮮学校に子供たちを通わせる事を、「北朝鮮への洗脳教育」への肯定と思えるその無知と偏見が、今の朝鮮学校を取り巻く環境といえるし、今回の事件はその表層に現れたものにすぎない。学校に子供を通わせる親御さんの願いは、無知と偏見にまみれたこの社会で、朝鮮人と生まれたその出自は、決して恥ずかしいものではないように育ってほしいという願いで朝鮮学校に通わせるものであり、朝鮮学校は資金も人も不足する中、必死で学校を運営し、それに応えている。
朝鮮学校を存続させえるのは、他の誰でもない、学校自身と父母らで決める事である。それを無知と偏見にさらされた部外者がとやかくいうのは、それはヘイトに繋がると言っていい。
朝鮮学校自体、この間、劇的に変化している。これは、裁判で提出された、同志社大板垣氏の意見書であり、朝鮮学校の歴史と現況について語られているので、一読を進める。

朝鮮学校への嫌がらせ裁判に対する意見書」
http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0CCsQFjAA&url=http%3A%2F%2Fdoors.doshisha.ac.jp%2Fwebopac%2Fbdyview.do%3Fbodyid%3DTB12605649%26elmid%3DBody%26lfname%3D031001050005.pdf&ei=abdXUq63FcfEkwX7jYG4BQ&usg=AFQjCNF2GM58AGaCloeEKe90xCdPqUtAvg&sig2=JDp5x68044RgFpViBmJIwg&bvm=bv.53899372,d.dGI

さらに、これは、学校関係者に負担を及ぼすし、言いにくいが、わからなければ学校の授業を見学にいけばいい。そこには元気で授業を受ける子供たちと、その子らのために献身的努力を惜しまない先生方がいるから。そしてそこに認めなければいけないものがある事を知ってほしい。ただし、ネトウヨ在特会などの関係者はお断りだ。


今回の判決で、「民族教育の保障」というものが、国家政策に係るものだから判断をさけたのか、それとも受け入れやすいように「民族教育の保障」というものの一つである「学校教育を守れ」を「ヘイト認定により守る」に置き換えたのか、それはわからない。
ただ、この「民族教育の保障」は、現在行われている、「朝鮮学校無償化裁判」で再び問われるものとなるだろう。


しかし、それにしても、今回、被告らにとって「完膚なきまでの敗北」判決が出たにも関わらす、下記のような呼びかけが行われている。

2013年11月4日(月)   
「司法による勧進橋児童公園不法占拠事件の偏向判決を許すな!デモ」
http://calendar.zaitokukai.info/kinki/scheduler.cgi?mode=view&no=196

暗澹たる思いになる。でも、このデモに参加する人らは、今回の判決によって、訴追対象者になる事を想像したほうがいい。しかもそれはとても軽い額になるとは言えないものだ。でね、これ、控訴審があれば、原告側にとって、ヘイトスピーチ二次被害、悪質性の証明になるだけのもので、被告らの首を絞める事になるだけだよ。わかってないでしょ。


メディアによると、在特会などの被告が控訴の方針を出しているようだ。
原告らのご苦労を考えれば、軽々に言いにくいものがあるが、筆者としては、高裁にも最高裁にもいってほしい気がある。そして最高裁ヘイトクライムと言っていいこの事件の判断を確定してほしいと願っている。恐らく原告弁護団は準備しているだろう。



最後に、原告の皆様、学校父母の皆様、原告弁護団の皆様、支援された皆様。本当にご苦労様でした。望んでいたものの半分くらいかもしれませんが、ともかくひとまずはおめでとうございました。